Lesson1-1 風水の起源

風水の歴史は、紀元前の中国に遡ります。
現在では日本ではもちろん、世界中に広まっている風水はどのように進化し、発展を遂げてきたのでしょうか?
本章では、風水の歴史と、その中で成立してきた風水を学ぶ上で重要となる基本的な考え方について学んでいきましょう。

「気」の思想と風水の起源

古代の中国人たちはあらゆるものは「」から成り立っていると考えていました。

「気」とは目に見えない自然のエネルギー、天地に充満するエネルギーのようなものを指しており、天も地も私たちの身体も、この世界のあらゆるものが「気」という同じものから成り立っているという考えでした。
天の気が固まって星となり、地の気が固まって大地となっていると考えられていたのです。

そして、同じ気から成り立っているそれぞれはお互いに影響を与え合い、天で起こる現象は大地にも影響を与えるし、逆に人間界のなんらかの現象に影響されて、日食や月食が起こるのだと考えられていたのです。
こういった思想から、星の動きによって人の運勢を予見する「天文」(星占い)が発達し、やがて地形の意味を読み取って吉凶を判断する「地理」(風水)という思想が生まれました。

古代の人々は、天空に無数に広がる星々が自分たちの幸・不幸に深く関わっていると信じていました。
そこで、天空を28のエリアに分け、それぞれの星座を神々や動物になぞらえて、無数の星々の観察を始めます。
そのデータが数世紀にもわたって蓄積・体系化されていったのが占星術です。

神々の動きや相互の位置から判断される影響関係、細かい異状はすべて神々の意思、地上に住む者たちへの吉兆や警告などの特別なメッセージと受け止め、それらを懸命に読み解くことに精魂を傾けました。

始めは天の変動によってのみ測られていた占術でしたが、時代とともに天地に起こる異変そのものを直接観察することで、間接的に天意を知るようになっていきます。
これが風水の起源なのです。

地理風水という思想

前述のとおり、風水は地理学に由来します。
風水は基本的に、家運隆盛や子孫繫栄を願って、家や墓や都市をつくるときにその場所の吉凶を判断するために用いられていました

古代中国人たちは、私たちの身体に無数の血管と、経絡(けいらく)と呼ばれる気の通路があるように、大地にも生気の流れる道があると考えていました。

そして風水では「龍」「穴」「砂」「水」という4つの原則を利用して、大地の気の流れを判断していたのです。


壮大な大地の隆起を「」、その龍を貫通する大地の気の流れのことを「龍脈」と呼ぶ

龍脈のルートなかでも気が集中しているツボであり、生気の泉・幸運の源泉となる場所のこと

龍穴の周囲の地形のこと

河川や湖沼の位置や形のこと

地理に精通した風水師たちは、これらの4つの要素を総合的に判断することによって、活き活きとした気が充満している繁栄・幸福の土地を発見するために各地を巡っていたのです。

風水の古典として有名な『葬書』の一節で、風水の由来を「生気は風に乗ると散り、水に遮られるととどまる。ゆえにこの術を風と水、すなわち風水という」としています。
つまり、龍を探し当て、風と水を読んで良い穴を見つけることこそが地理風水の意味であると述べられています。

羅経の誕生

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風水には、羅経(または羅盤ともいわれる)と呼ばれる道具が用いられていました。
もともとは、占星術で式盤(ちょくばん)とよばれる計器を駆使して天空の異変や天の支配下にある大地の現象を観察し吉凶を判断していたもので、これを踏襲して、風水を読み解くための必携ツールとして発達したものが羅経です。

この羅経の登場により、多彩な解釈があった風水の理論がある程度一般化され、学問として広く発展していくようになります。

次のLessonでは、この風水の歴史について詳しく学習していきましょう。