Lesson5-2 パワーストーンと文明の歴史を遡る2

古代ローマ

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紀元前509年、自らの国王を倒し、共和制を樹立したローマ人。
内乱の時期を経て、紀元前27年には、初代皇帝にアウグストゥスを迎えてからは平和が回復。
その後450年間で人口100万人以上もの都市に発展を遂げました。

ローマ帝国の食料の多くは輸入品で、これに対してローマから輸出されるものは、アクアマリン(Aquamarine)、ムーンストーン(Moonstone)「月長石」、ルビー(Ruby)「紅玉」、アメジスト(Amethyst)「紫水晶」などの石をあしらった宝飾品や壺、ローマの職人の手によって作られたものが多かったようです。

中世ヨーロッパ

ヨーロッパで繁栄した大ローマ帝国ですが、十字軍の東方遠征やゲルマン民族の移動で方々で国ができ、その勢力にもかげりが見えてきました。
そんな時に十字軍は、東方産出の珍しい宝石を持ち帰り、ヨーロッパ各地の王侯貴族の心を虜にして放しませんでした。

また、中世ヨーロッパの宝石に対する認識は、物理的なものは少なく、魔術的な力や医療性に対する興味が高められ、それに加えて、十字軍がやはり東方より持ち込んだ占星術を取り入れて、石の持つ不思議な力についてさらなる探求を進めていきました。

そんな中、次々に宝石に関する著述も誕生しました。
中でも中世の文化の中心地であったイタリアで書かれた宝石誌は、ヨーロッパ主要国で次々に翻訳され、宝石品商や金細工師などが自分の商品の価値を高めるために利用しました。

古代中国

紀元前206年、秦王朝に代わり漢王朝が政権を握り、それからおよそ400年の間、平和と繁栄が続いた時代。
当時の貴族は、ネフライト(Nephrite)という軟玉をはじめとする様々な石で作られた、死後の世界で使う品々と共に墓に葬られたといわれています。

また、古代から中国は不老不死や長寿の思想を持ち、紀元前5世紀頃からいわゆる中国の錬金術として「健康・長寿・不死」を与える賢者の石(錬丹)作りが行われ、それに仙人術が加えられた「不老長寿の秘薬」は広く関心を寄せられました。

古代日本

日本の古くからある民族宗教の「神道(しんとう)」。
その中心理念には「自然への深い祟敬の念」があるといわれています。

神道では、神は森羅万象に宿るとされ、山は山の神の住みかであり、神の化身でもあるといわれています。
石や岩はその神霊の宿る標識だとされていました

人間の認識をはるかに超える創造性を備えた神道からはいくつかの神話が生まれ、それらは「古事記」や「日本書記」にも見ることができ、その中には「石」にまつわる話も登場しています。
当時、石などの陸の宝を「玉」、珊瑚など海の宝を「珠」と呼び、貴重なものとして扱われていました。

また、真珠については、日本最古の書物「古事記」(712年)の編者である、太安万侶の墓から4粒見つかったのが1979年のことで、当時広く注目を集めました。

地球に人類が誕生してから400万年が経ち、また、その人類が「石」を道具として使い始めたのが、およそ250万年前からのことだと言われています。

古代の人々のあいだでは、今わたし達がいうような「パワーストーン」という認識ではなかったと思いますが、石は「超常的な存在」として扱われたり、「神の存在」と結び付けられていました。実際にそうした歴史的な背景が、多くの文明跡や遺跡などから見つかっています。

現代では、その秘められた石のパワーやエネルギーが私たちの願いや思いを実現へと導いてくれるものとして多大な注目を集めています。
次章は、そんな石(パワーストーン)の選び方について学習していきます。

学んで得た知識をもとに、周囲に広めたり、自分にぴったりのパワーストーンを見つけて楽しみましょう。